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メロコア!

chaboです!
昔はこんなのもきいてました!
スンドゥブ店長あまりあおらないようにっ!
昔聞いていた曲ききたくなるので・・・

つうことでまとめてみました!
思いでだらけですが・・・
よく地元の駅でラジカセもってスケボーもってたまっていましたね!
単車も増え・・・あんときは楽しかったっ!つうか若かった・・・・
みんな頭個性的できれいだった(^^)/
色赤。ピンク。青。オレンジ。スキン。ロンゲ。ばかりで・・・

パー券もよくうりましたね!ロンジョンとかもはやった!

今はみんなきたないおっさんになったけどねっ!

そんなおっさん達がよくきいていたのがこれ!!



メロディック・パンクという一般人にはわかりにくいジャンルのバンド、グリーン・デイ。
完全パンクマニュアルでダメだし食らってるぐらい平和そうなバンド名ですが意味は「麻薬」だそうです。
補足
実はよく勘違いする方もいますが「バスケットケース」はピクニック用の箱ではなく、障害者・精神異常者を表すスラング。

1987年、互いに親友だったビリーやマイクらが、グリーン・デイの母体となるスウィート・チルドレン(Sweet Children)を結成する。
1989年、「グリーン・デイ」と改名し、Lookout Recordsと契約する。
1990年、1stアルバム『1039/スムースド・アウト・スラッピー・アワーズ』でレコードデビューを果たす。当時から既に独自の音楽スタイルを確立しており、それを徐々に変化させながら活動していくことになる。
1991年、バンドのメンバーとして定着することになるトレが加わる。
1992年、2ndアルバム『カープランク』を発表する。
1993年、Reprise Recordsに移籍する。
1994年、3rdアルバム『ドゥーキー』でメジャーデビューを果たす。『ドゥーキー』からの1stシングル「ロングビュー(Longview)」や2ndシングル「バスケット・ケース(Basket Case)」等がモダンロックチャートで1位に輝き、これらはライヴでも定番の代表曲となる。ウッドストック94にも出演。演奏中に観客に泥を投げ込まれたりステージに多くの観客が乱入、最後の曲は途中から観客との泥の投げ合いとなる。
1995年、「ドゥーキー」はロングヒットし(後に全米でダイヤモンドディスクを獲得)、日本等の外国でもその名を知られるようになる。さらに、グラミー賞でも数部門にノミネートされ、「最優秀オルタナティヴ・グループ」を受賞する。『ドゥーキー』の大ヒットの勢いに乗って4thアルバム『インソムニアック』を発表するが、前作と同じく全米2位止まりで評価は上がらず。一番暗い作品と見られがちだが『インソムニアック』が好き、というファンも非常に多い。
1996年、初の来日公演を果たす。
1997年 - 2000年、徐々に発表速度を落としながら5thアルバム『ニムロッド』(1997年)、6thアルバム『ウォーニング』(2000年)を発表する。この頃からパンクからロックンロールへの曲調の変化が見られる。一部のパンクファンからは「こんなのパンクじゃない」と批判の声も上がるが、それでもバンドはポップなロックを追求していく。
2001年 - 2002年、ベストアルバム『インターナショナル・スーパーヒッツ』(2001年)や、シングルのB面の曲を集めた『シェナニガンズ』(2002年)を発表し、活動に一段落をつける。
2003年、完成直前だった新作のマスターテープが盗まれ、別の作品を作ることになってしまう。犯人は結局不明。
2004年、NOFX主宰の反戦オムニバス『Rock Against Bush』に参加(NOFXが発売した結成20周年DVDにビリーが「NOFX?嫌いだよ、嫌いだよ。」とメッセージを添えている)。7thアルバム『アメリカン・イディオット』を発表。これが米英1位を記録する。このアルバムはイラク戦争を起こしたブッシュ大統領、それを許したアメリカへの痛烈な批判も込められている。
2005年、アルバム『アメリカン・イディオット』でグラミー賞の「最優秀ロック・アルバム」を受賞する。このアルバムから「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス(Boulevard Of Broken Dreams)」や「ホリデイ(Holiday)」、「ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンズ(Wake Me Up When September Ends)」等の大ヒットシングルが生まれるが、これらの売上金をインド洋大津波の被災地に寄付することにする。また、ツアー中にも関わらず、ミュージシャン達による様々なボランティア活動に参加している。ミニライブアルバム「爆発ライブ」シリーズ以外では初のライヴ・フルアルバム『ブレット・イン・ア・バイブル(Bullet In A Bible)』を発表。
2006年、シングル「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス」でグラミー賞の「最優秀レコード」を受賞する。
2006年、ハリケーン・カトリーナの被害者支援の一環として、U2とのコラボで「ザ・セインツ・アー・カミング(The Saints Are Coming)」(ザ・スキッズのカバー)をリリース。英チャートで2位を記録した。
2007年には、ジョン・レノントリビュートアルバム「Instant Karma: The Campaign to Save Darfur」のため、「Working Class Hero」をカバー。6月12日に発売された。
2007年、ザ・シンプソンズのサウンドトラックのアルバムをリリース(米国のみ)
2009年、8thアルバム『21st センチュリー・ブレークダウン』が5月にリリース予定である。本作は、三部構成のコンセプト・アルバムと噂されており、その制作にはニルヴァーナの名盤『ネヴァーマインド』を手がけたブッチ・ヴィグがプロデューサーとして迎えられている。
www.myspace.com
http://www.myspace.com/greenday



バッド・レリジョン (BAD RELIGION) は、1980年に結成されたパンク・ロックバンド。
ペニーワイズやオフスプリングやNOFXなど、彼らに影響されたバンドは多い。彼らが西海岸パンク(スケーターパンクやサーフパンク)に与えた影響力は大きく、多くのフォロワーを生み出し続けている。
彼らは結成以来、常に世界情勢・戦争・貧富差・宗教などについて真正面に反対する歌詞を歌いつづけている。ネイティブでも辞書を引かないとわからないほどの難解な単語を多用する、知的な歌詞の為、レキシコン(辞書)パンクスとも呼ばれている。 歌詞はコーネル大学生物学博士号を取得しUCLAで生物学講師をしているグレッグ・グラフィンが、作曲はほぼグレッグ・グラフィンとブレット・ガーヴィッツが行っている(但し、ブレットは一時期バンドを脱退している期間があり、その期間はグレッグ・グラフィンが一人で作詞作曲を行っていた)。
1980年、ロスアンゼルスで同じ高校に通っていたグレッグ・グラフィン(vo)、ブレット・ガーヴィッツ(g)、ジェイ・ベントリー(b)、ジェイ・ジスクラウト(ds)によって結成。
1981年、デビューEP「Bad Religion」をリリース。 自らのレコードを発売するためにブレット・ガーヴィッツが中心となってレーベルエピタフを立ち上げる。 ドラマーがピート・ファインストーンに交代。
1982年、1stアルバム「How Could Hell Be Any Worse?」リリース。 いくつかのバンドにカバーされた初期の名曲「We Are Only Gonna Die」が収録され、また「PartIII」でサークル・ジャークスのギタリスト、グレッグ・ヘトソンがゲスト参加している。
1983年、2ndアルバム「Into The Unknown」リリ−ス。 ブレットがグレッグ・グラフィンへ誕生日プレゼントとして贈ったシンセサイザーを楽曲へ導入。このアルバムはバンドとしては意欲作であったが、まったく売れなかった。現在は廃盤となっている。サファー以前の作品は色々な形で再発や復刻がされたが、このアルバムは一切のリイシューがない。のちにグレッグ・グラフィンはこのアルバムの失敗がバッド・レリジョンがパンク・ロックを貫く事を決めた要因になった、と語っている。
この後ブレットがドラッグ、アルコール中毒で音楽活動が困難となり、またグラフィンがウィスコンシンへ移り住むため脱退、バンドは解散状態となる。
1984年、EP「Back To The Known」をリリース。LAに戻ってきたグラフィンとヘトソンが、ブレット不在のままバンドの再建を始め、今作をリリース。
1987年、ブレットがバンドに復帰。
1988年、3rdアルバム「Suffer」リリース。現代パンク・ロックの立役者となった。彼らの特徴であるコーラスワーク(oozin aahsと呼ばれている)、早い楽曲、哀愁のあるメロディーなどはこの頃完全に確立された。
1989年、4thアルバム「No Control」リリース。
1990年、5thアルバム「Against The Grain」リリース。
1992年、6thアルバム「Generator」リリース。ドラマーがボビー・シェイヤーに交代した。
1993年、7thアルバム「Recipe For Hate」リリース。代表曲「American Jesus」を収録した今作を最後にエピタフを離れ、メジャー・レーベルのアトランティック・レコードへ移籍。
1994年、8thアルバム「Stranger Than Fiction」をリリースしたが、エピタフ社長も兼任しているブレット・ガーヴィッツは大きくなって行くレーベルの社長業務専念を理由に脱退している。 後任にブライアン・ベイカーが加入。
1996年、9thアルバム「The Gray Race」リリース。プロデューサーに元ザ・カーズのリック・オケイセックを起用。
1998年、10thアルバム「No Substance」リリース。
2000年、11thアルバム「The New America」リリース。トッド・ラングレンをプロデューサーに迎えた。
2002年、12thアルバム「The Process Of Belief」リリース。今作からエピタフに復帰すると同時にブレット・ガーヴィッツもバンドに電撃復帰。この二つの復帰はファンに大きな衝撃を与えた。また肩の腱鞘炎悪化によるボビー・シェイヤーの脱退、ブルックス・ワッカーマンの移籍加入も同時に発表された。ちなみにエピタフは現在における大規模のパンク・ロックレーベルでNOFXやオフスプリングを輩出、ランシド、ペニーワイズなどが在籍している。また、ディセンディンツなどのバッドレリジョンに並ぶパンクレジェンドも在籍している。
2004年、13thアルバム「The Empire Strikes First」リリース。
2006年、ライブDVD「Live At The Palladium」リリース。
2007年、14thアルバム「New Maps Of Hell」リリース。

www.myspace.com
http://www.myspace.com/badreligion



NOFX
1982年、当時高校生だったファット・マイク(本名:マイク・バーケット)、エリック・サンディン、エリック・メルヴィンによって結成された。バンド名はネガティヴFXというバンドに因んでつけられており、「彼らのようなダサいバンドにはなりたくない」と言う意味でNOFXとなった。実質的なリーダーであるファット・マイクより、ギターのエル・ヘーフェの方がファットである。
ハイスクール時代に組まれたバンドであった為、私生活の事情などによって結成当初はバンドの入れ替えが激しかった。1989年に発売したアルバム『リベラル・アニメーション - Liberal Animation - 』と『S&Mエアラインズ - S&M Airlines - 』によりヒットするものの、当時メンバー内でマリファナが流行し、それに嫌気がさしてスティーヴ・キッドウィラーが脱退しエル・ヘーフェがメンバーとなって以降は現在までメンバーを変えずに続けている。
メンバーのファット・マイクは独自のレーベルであるファット・レック・コーズを1991年に立ち上げ、日本人ではHi-STANDARDが在籍し、同バンドに対してのプロデュースをして彼らを日本に逆輸入という形でヒットさせる。また、SUM 41などNOFXに影響されたアーティストは多い。The War on Errorismからは同レーベルから発売されている。以前まで在籍していたエピタフ・レコードのとの関係は良好のようで、同レーベルのコンピレーションアルバムにはエピタフの社長であるブレット・ガーヴィッツを擁するバッド・レリジョンも参加している。このアルバムにはグリーン・デイ、オフスプリング、SUM 41、ランシドなどが参加している。他にもファット・マイクはフー・ファイターズのクリス・シフレットらと共にME FIRST AND THE GIMME GIMMESというバンドを組みカバー曲をパンク風にアレンジしている。
また、マイケル・ムーア監督(NOFXのアルバムのジャケット内や歌詞などにも同監督が登場)と同じく反ブッシュ派でアルバム「War on Errorism」ではブッシュを皮肉った絵をジャケットに使い、更に「ROCK AGAINST BUSH」という反ブッシュのオムニバスを2枚プロデュースし、CIAからマークされているという噂がある。
日本版CDは高価という理由からか、最近は“日本版”のアルバムCDは出していない。
アメリカ政府、殊に2001年のブッシュ政権発足以降はイラク戦争などの政策に対して激しく反発しており、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやディクシー・チックスらと共に反権力・リベラルな思想を持ったバンドである。
http://www.nofxofficialwebsite.com/
www.myspace.com
http://www.myspace.com/nofx



ペニーワイズ(Pennywise)はエピタフ・レコードに所属するアメリカ合衆国のパンク・ロックバンド。ブラック・フラッグやサークル・ジャークス、マイナー・スレット、バッド・レリジョンなどに影響を受けたメンバーにより結成。社会への批判などメッセージ性の強い歌詞と、上記バンドからの影響の強い音楽性が特徴。2007年からMySpaceが運営するMySpace Recordsに移籍

www.myspace.com
http://www.myspace.com/pennywise


なつかしい!!

クラブでのパーチーは上半身はだかで
みんなモッシュ! よく飛ばされてアザできたりいろいろありました。

車では音ガンガンで!知らない車追跡したり(H沢君)・・・

まぁーそんな時もあったっ!





2009年03月22日 | Comments(2) | Trackback(0) | 独り言・・・
コメント
No title
なげ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜よ グリンディ良いね! でいいんだよ
るつ URL 2009年03月22日 15:06:15 編集
すいません[i:63895][i:63734]
るつさん!
ながくてすんません。

覚えてます?
この時期ぐらいに
るつさん、ひろしくんにチャボと名前付けられたんで、自分的に人生の中でも濃い思い出の時期なんすよ!!
るつさんの着てたスーサイダルのTシャツかっこよかったです。
欲しかった!


で、大丈夫すか?
もしやまただれかをお仕置きしちゃいましたか?

chabo URL 2009年03月22日 15:23:18 編集

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